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わたしが生まれたのは漁業の盛んな海辺の町だったせいか、性に対して開放的

わたしが生まれたのは漁業の盛んな海辺の町だったせいか、性に対して開放的で、
小学校の高学年になる頃には漁を終えて港でのんびりしているおじさん達に、目
立つようになった胸をからかわれたり、「ちょっと触らせんね、おじさんが触っ
たら、大きくなる」みたいなことを言われたりしましたが、誰でも笑っているよ
うな雰囲気でした。小学校でもブラジャーを着用する子はかなりいて、クラスの
女子19名のうち、多分1/3くらいの生徒はブラジャーをしていましたし、背中から
ラインが透けているも普通でした。中には「見栄ブラ」の子もいましたが、ブラを
つけているのが一種のステイタスみたいになっていました。
中学校は夏服(ブラウスからブラが透け透けなのは当然で、男の子からバストを触
られるのも日常茶飯事でした。女子はお返しに男の子の股間にタッチするようなこ
とも普通で、「あ、勃起してるぅ」というような声があがることもありました。
セックスを経験する生徒も少なくない上に、親にも「うちの娘は勉強はしないのに、
アレをもう覚えてしまって」と笑って話すような人もいましたから、セックスに罪
悪感はなく、夜、学校近くの神社には高校生のカップルが数組たむろして、そのまま
セックスまでしてしまうというようなこともありました。

そういう町でしたから、わたしも学校の男子にバストを毎日触られていましたし、普
段着もみんなと同じようにバストラインを強調するような服を着て、ブラの透け透け
は当たり前でしたし、時にはノーブラということもありました。
ところが中2の夏休みに父の転勤で県庁所在地のある町へ引っ越すことになりました。
当時のわたしはつきあい始めたばかりの高3の彼氏がいて、セックスはしていません
でしたが、上半身は裸になってバストに色々なことをされていました。彼氏は別れ別れ
になるならセックスしたいと言い出し、わたしは引っ越すまでに10回くらいはセックス
をしました。

引っ越して、新しく暮らす町を歩いた時に同世代の女子の服装がわたしみたいにバスト
を強調していないし、どちらかというと地味だったので、少し違和感を覚えました。
2学期になり、わたしは前の学校と同じようにブラウスからブラジャーが透ける姿で
登校しましたが、新しく通う中学校にはそういう生徒は殆どいません。みんなブラウス
の下には別の下着をつけてブラが透けないようにしているようでした。初日は白いブラ
にしたのですが、普段はピンクとブルー、黒、黄色というように色のローテーションを
組んでいたので、白をたくさん持っているわけではありません。日が経つにつれて、わ
たしの透けているブラの色は男子の好奇の視線を浴びるようになりました。
また体育のときにわかったのですが、女子はバストが小さい子が多く、わたしは凄く目
立ってしまいました。その上、「●●(前に住んでいた町)にいたのだから、セックス
経験がある」みたいな噂が流れたようです。毎日、男子の「攻撃」を受けていたバスト
に手を出す男子はいないし、女子同士の会話でもセックスの話題は皆無でした。
わたしにはとても居心地が悪く感じられました。
それから女子はスカートの下に全員がブルマを履いていました。前の中学校では生パン
が普通だったので、これにも驚きました。わたしもブルマを履いてみましたが、慣れな
いためか、暑苦しい感じがして、すぐにやめてしまいました。

その町は学習レベルが高いということで、わたしは塾に通うようにしましたが、そこで
もわたしの服装は浮いていましたが、男子の視線だけは集めました。
衣替えがあったときも、セーラー服の丈を短く詰めているのはわたしだけでした。前の
中学校ではセーラー服の下もブラだけの生徒がほとんどだったのに、それとは全く異な
る様相でした。
こうして初めての中間考査を迎え、わたしは普通に予習・復習をこなしていただけでし
たが、学年で1位の成績でした。これが学年の生徒の目をさらにわたしに集めるきっか
けになりました。「本当は18歳じゃないのか?」といわれたりもしました。
期末考査も1位で、その後の冬休みを控えていた12月中旬にわたしは同じ学年の男子に
交際を申し込まれました。わたしの当時の認識ではデート2、3回目でキス、それから2、3
回目のデートでセックスというものでしたから、冬休みには久しぶりにセックスするのか
な、と思いながら(期待しながら)OKしたのですが、彼は会っても手も握らないし、キス
する気配もありません。3学期の期末考査を終えたときにわたしは思い切って「キスとか
セックスとかしたくないの?」と尋ねたのです。それに彼がひいてしまったようで、別れ
てくれみたいに言われました。わたしは特別好きでたまらない相手ではなかったのでOKし
ましたが、学校では「セックスしたい」とわたしが言ったことになっていて、それがとん
でもないことのように思われていたので、それにわたしは驚きました。
わたしは成績はよいが、だらしない変な女子というように見られるようになり、わたしも
それを受け容れて、夏にはブラウスから派手派手なブラを透けさせたり、露出度満点の
(バストが半分は見えているような)タンクトップとか、襟ぐりの広いTシャツを選んで
買い、それを着て歩くようになりました。近所でも「凄くスタイルがいい」と言ってくれる
人もいたようですが、大半の人はあまりいい目でわたしを見ていなかったようです。

前の彼とのセックスから1年が経過した中3の夏に、わたしは「里帰り」しました。
2泊3日で生まれた町に遊びに行ったのです。宿泊先は友人の家で、新鮮な魚介類をたくさん
食べさせてくれました。彼女のお母さんは「★ちゃん、都会の男と遊んで益々オッパイが大きく
なったね」と言われましたが、都会の男とは遊んでいないので、それを正直に言うと、「まあ、
もったいない。こんな子がおったら、おばちゃんならすぐにアレするよ」と笑いだし、おじさん
も「今夜はおじちゃんと一緒に寝んね?」と言うような具合でした。友人もそれをゲラゲラ笑っ
ていましたし、「うちの娘はオッパイが全然大きくならんのに、男と遊ぶことだけは上手になっ
た」と親が堂々と言うような家庭でした。
翌日はかつてのクラスメイトと一緒に海で遊び、たっぷり触られてしまいましたが、とても楽し
く、わたしはもう一回転校してここに戻りたいと思いました。
わたしは町の中学校で成績はずっとトップでしたが、自分の居場所ではない感じがしていたのです。
ところが、願いは叶うもので、8月に入ったその日に父の再度の転勤が決まり、わたしは前に通った
中学校に再度転校できることになりました。
残りの中学生としての期間は僅かでしたし、受験勉強も本格化していましたが、わたしは迷わず転校
することを選びました。
戻ると、すぐに二人の旧知の男子(同学年)から交際を申し込まれました。わたしは二人のうち一人
を選ぶことができませんでした。それを友人に相談すると「◆君はチ●ポが小さいからダメよ」という
のです。そういうものなのか、とわたしは思いながらも中1のときに、わたしが高校生からからかわれた
時に殴りかかっていった◆君に惹かれるものがあり、友人の発言をきっかけに◆君と交際することにし
ました。4回目のデートで彼の家でセックスを迎え、彼のペニスは前の彼氏よりは大きく、友人の言った
ことは本当だったのだろうか、と疑問を感じました。久々のセックスはとてもステキでした。
ですが、◆君とは2ヶ月で別れました。理由は日常、バストを触ってくる男子には拒否せずに応じていた
のですが、それを怒って、わたしの胸に手を伸ばした男子に殴りかかることが起き始めたからです。
◆君はわたしに暴力をふるうことはありませんでしたが、血の気が多い人でした。後年、傷害事件を起こ
したのも頷けるのでした(20歳の時に交際中の女性をめぐってのトラブルで中年男性を殴って警察に捕ま
った)。
わたしは受験を控えているとはいうものの、寂しくなりました。
卒業まで一人というのは堪えられないと思いましたが、どうしようもありません。
わたしはそれから半年間、また誰ともセックスできないままになってしまいました。
毎日、誰かにバストを触られていたし、時には後ろから抱きつかれて揉まれるような
こともありましたが、それだけで終わるので、かえってつらいものがありました。
中学生時代はちょっとだけ経験したセックスのせいで、性欲だけは高まったものの、
それを消化できない日が続き、結構つらかったです。
2013/09/30(月) | カテゴリ:学校■体験談 | 体験談を投稿 | 管理人に問い合わせ |



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